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大阪地方裁判所 昭和60年(行ウ)16号 判決

大阪府東大阪市岩田町一丁目三番五号

原告

阿部満雄

右訴訟代理人弁護士

岩嶋治治

宮地光子

大阪府東大阪市永和二丁目三番八号

被告

東大阪税務署長

稲崎清

右指定代理人

田中慎治

国府寺弘祥

山藤和男

大黒宏明

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告に対し、昭和五八年七月一一日付で原告の昭和五五年分ないし昭和五七年分の所得税についてした各更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(但し、いずれも被告の異議決定により一部取消された部分を除く。)のうち、所得金額が昭和五五年分については金一五〇万円、昭和五六年分については金一三五万円、昭和五七年分については金一四七万円を超える部分をいずれも取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、プレス加工業を営むものであるが、昭和五五年ないし昭和五七年の各年分(以下「係争各年分」という。)の所得税について、別表一の確定申告欄記載のとおりの確定申告をしとところ、被告は、昭和五八年七月一一日付けで、別表一の更正欄記載のとおりの各更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下、右各更正処分と過少申告加算税の各賦課決定処分を「本件各処分」という。)をした。

2  そこで、原告は、昭和五八年九月七日、被告に対し、異議申立をしたところ、被告は、同年一二月七日、別表一の異議決定欄記載のとおり、本件各処分の一部を取消す決定をしたが、原告は、さらに昭和五九年一月六日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたところ、同所長は、同年一二月五日、審査請求棄却の裁決をし、右裁決は、同月二五日、原告に送達された。

3  しかし、本件各処分は、次のとおり違法である。

(一) 本件各処分は、以下の事実経過のとおり、推計の必要性がないにもかかわらず、推計によつてなされたものであるから違法である。

(1) 被告の部下職員藤井は、昭和五七年五月末ころ、原告方工場を訪れ、係争各年分の所得税の調査をしたいということで、原告の売上先を聞いて帰り、その後、同年七月二日を調査の日として約束したが、右藤井は、約束に反し、同年六月三〇日、突然原告方工場を訪れ、調査を始め、原告がこれに抗議すると、大声で怒鳴り散らして帰つていつた。

(2) 前記藤井は、同年七月二日、原告方に来たが、原告が、必要な帳簿書類等を用意して待つていたにもかかわらず、原告の依頼した民主商工会の事務局員一名がいたことを理由に同人を退席させることに固執し、何らの調査もしないで帰り、同月四日、原告が、被告方税務署に赴いて話し合おうとした際にも、原告が第三者を同行していたことを問題にし、調査を行おうとしなかつた。

(3) 原告は、同月四日夜、原告の妻の父が死亡したため、北海道上川郡の妻の実家に行くことになり、民主商工会の事務局員を通じて前記藤井に、しばらく調査を待つて欲しい旨伝えたが、原告が、北海道から帰ると、既に、同月一一日付で、本件各処分が行われていた。

(二) 本件各処分(但し、いずれも被告の異議決定により一部取消された部分を除く。)のうち、前記確定申告に係る所得金額を超える部分は、いずれも原告の所得を過大に認定したものであるから違法である。

4  よつて、原告は、被告に対し、本件各処分(但し、いずれも被告の異議決定により一部取消された部分を除く。)のうち、所得金額が昭和五五年分につき一五〇万円、昭和五六年分につき一三五万円、昭和五七年分につき一四七万円を超える部分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実を認める。

2  同3の(一)、(二)の事実は否認し、その主張は争う。

三  被告の主張

1  事業所得金額

原告の係争各年分の事業所得金額は、次のとおりであり、その明細は、別表二記載のとおりであつて、右事業所得金額の範囲内でなされた本件各処分には、何ら違法はない。

(一) 昭和五五年分 四八一万三九七四円

(二) 昭和五六年分 八一八万一九七一円

(三) 昭和五七年分 六一七万五六一円

2  事業所得金額の内訳

(一) 売上金額

原告の係争各年分の売上金額は、次のとおりであり、その明細は、別表三記載のとおりである。

(1) 昭和五五年分 九三〇二万四七五八円

(1) 昭和五六年分 一億二八九三万八七一六円

(3) 昭和五七年分 九一四一万四四一六円

(二) 売上原価

原告の係争各年分の売上原価は、原告の受注先の会計処理上の理由から有償で支給されたものとして記帳された材料費の額であり、その金額は、次のとおりであつて、その明細は、別表二の売上原価内訳欄記載のとおりである。なお、原告は、期首及び期末の原材料の棚卸高を明らかにしないので、期首及び期末の棚卸高を同額として、期中の材料費用の額をもつて売上原価とした。

(1) 昭和五五年分 七八三三万九〇五一円

(1) 昭和五六年分 一億一五四万六七七八円

(3) 昭和五七年分 六九二八万一八四二円

(三) 差益金額

原告の係争各年分の売上差益金額(以下「差益金額」という。)は、右(一)の売上金額から、右(二)の売上原価を控除したものであり、その金額は、次のとおりである。

(1) 昭和五五年分 一四六八万五七〇七円

(2) 昭和五六年分 二七三九万一九三八円

(3) 昭和五七年分 二二一三万二五七四円

(四) 事業所得金額

原告の係争各年分の事業所得金額は、右(三)の差益金額に、原告と同種の事業を営む同業者(以下「同業者」という。)の当該各年分の所得率(青色申告に認められている各種控除前の所得金額の差益金額に対する割合)の平均値(以下「平均所得率」という。)である、昭和五五年分については三二・七八パーセント、昭和五六年分については二九・八七パーセント、昭和五七年分については二七・八八パーセントを乗じて算出したもので、金額は、次のとおりであり、同業者の平均所得率の算出根拠は、別表四記載のとおりである。

(1) 昭和五五年分 四八一万三九七四円

(2) 昭和五六年分 八一八万一九七一円

(3) 昭和五七年分 六一七万五六一円

3  本件各処分における推計の必要性と本訴推計の合理性について

(一) 本件各処分における推計の必要性

原告が被告に提出した係争各年分の所得税の確定申告書は、いずれも所得金額が記載されているのみで、所得金額の計算の基礎となる収入金額及び必要経費の記載を欠く極めて不十分なものであつたため、被告は、右確定申告書に記載された所得金額が適正なものか否かを確認するため、部下職員をして調査に当たらせることとし、右部下職員は、昭和五八年五月一〇日以降、数回にわたつて、原告方事業所に臨場し、原告に対し、係争各年分の所得金額の計算に必要な帳簿書類等の提示を求めたが、原告は、右書類等を全く提示せず、右調査に応じようとしなかつたため、被告は、やむを得ず、原告の取引先等を調査し、それに基づいて、係争各年分の原告の事業所得金額を算定したところ、いずれの年分も、その申告額を上回つていることが判明したため、本件各処分をした。

(二) 本訴推計の合理性

被告は、原告の係争各年分の所得金額を推計するに当たり、同業者の平均所得率を適用したが(以下右推計方法を「本訴推計」という。)、同業者の選定の経緯及び本訴推計の合理性の存在については次のとおりである。

(1) 大阪国税局長は、原告の係争各年分の事業所得金額を算出するため、原告の事業所所在地を所轄する被告並びにそれに隣接する生野・東成・城東・東住吉・八尾・門真の各税務署長に対し、以下の〈1〉ないし〈6〉の条件をすべて満たす同業者を抽出するよう通達指示したところ、別表四記載のとおり、六名の該当者があつた。

〈1〉 金属プレス加工業を営む個人事業者で、青色申告書によつて所得税の確定申告をしている者であること。

〈2〉 他の業種目を兼業していないこと。

〈3〉 受注先から原材料の支給を無償で受けていること。

原告は、売上先から、材料を有償提供されている分があるが、その有償支給分は、売上先の会計処理手続上のこともあつて、当該材料費の支払は、売上代金から差引して決済されていて、加工賃収入となんら変わりがないことから、同業者も売上先から材料を無償提供される者に限定したものである。

〈4〉 差益金額が係争各年分を通じて次の範囲内であること。

イ 昭和五五年分は、七三〇万円から二二〇〇万円まで

ロ 昭和五六年分は、一三七〇万円から四一〇〇万円まで

ハ 昭和五七年分は、一一〇〇万円から三三〇〇万円まで

右は、事業規模の類似性を担保するため、係争各年分を通じて、各年別に、その上限を原告の差益金額の一五〇パーセント、下限を五〇パーセントの範囲内としたものである。

〈5〉 年間を通じて事業を継続していること。

〈6〉 不服申立又は訴訟係属中でないこと。

(2) 以上の抽出基準により抽出された同業者は、業種、業態、立地条件及び事業規模等の点において、原告と類似性を有しており、しかも帳簿書類の備付けを義務付けられた青色申告者であるから、数値の正確性も担保されている。また、右同業者の選定は、大阪国税局長が発した前記通達に基づいて前記税務署長が機械的に前記抽出基準に該当する者のすべてを抽出することによつて行われたものであるから、その選定に恣意の介在する余地は全くなく、その結果得られた同業者数は六件であり、個々の同業者の個別的具体的事情を捨象した客観性と普遍性を有する。

したがつて、右同業者の平均所得率を用いて、原告の係争各年分の所得金額を推計したことには合理性がある。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張1の事実及び主張は争う。

2  被告の主張2(一) ないし(三)の事実は認めるが、同2(四)の事実及び主張は争う。

3(一)  同3の(一)の事実及び主張は争う。

(二)  同3の(二)の事実及び主張は争う。

五  原告の反論

本訴推計は、以下のとおり、合理性を有しない。

1  被告は、本件において、差益金額が、原告の五〇パーセントから一五〇パーセントの者を同業者として選定し、これら同業者の所得の差益金額に対する割合(所得率)をもとに原告の所得を推計しているが、経費のうちの特別経費ことに人件費は、各業者によりかなりの個別性があり、しかも売上との比例的な対応関係は弱い(専従者により事業を行つている業者については、人件費として計上されない。)のであるから、同業者の選定に当たつては、まず特別経費についてその同業者性が判断されなければならない。

2  ちなみに、原告の昭和五六年分及び昭和五七年分の特別経費の内訳は、別表五記載のとおりであり、右各特別経費が差益金額中に占める比率は、昭和五六年分については、人件費が四一・五六パーセント、地代家賃が一〇・七パーセント、減価償却費が七・七パーセントであり、昭和五七年分については人件費が四四・八パーセント、地代家賃が一三パーセント、減価償却費が一〇・四パーセントであるところ、被告が選定した同業者六名につき、右原告の各特別経費率に従つて各特別経費の額を算出し、これを基礎として同業者の一般経費率を算出すると、別表六及び別表七記載のとおり、一般経費率が数パーセントの者が多数みられるほか、なかには一般経費がマイナスとなるものさえあり、このことからしても、特別経費における同業者性を全く検討しないで選定された同業者を基準とする本訴推計が合理性を有しないことを明らかである。

六  原告の反論に対する被告の認否及び主張

1  本訴推計は、抽出にかかる同業者が、原告と、業種の同一性、営業規模の類似性があり、またその抽出に恣意の介在するおそれもない等、推計の基礎的条件に欠けるところがないのであるから、同業者間に通常存する程度の営業上の諸要素の差異は無視し得るし、また、右諸要素の差異は、それが平均値による推計自体を不合理ならしめる程顕著な特殊事情でない限り、平均値算出過程において捨象される性質のものである。なお、原告と、より類似性を持つ同業者を求めることは、原告の協力が得られない本件では不可能であるが、仮に求め得ても、その数は、ごく限られたものとなり、これを基礎とする推計はかえつて普遍性を欠くことになると考えられる。

2  原告は、同業者に比し、原告の差益金額中に占める特別経費の割合が高いことから、本訴推計は、合理性を欠く旨主張するが、以下のとおり、右主張は理由がない。

(一) 原告が、右主張の前提とする原告の売上金額は、被告が、本件各処分当時、原告の協力を全く得られない状況下で把握し得た金額に過ぎず、右金額が、原告の総売上金額とは認めがたい事情があるから、右売上金額を前提として、差益金額中に占める特別経費の割合が特に高いとする原告の主張は理由がない。すなわち、プレス加工業を行う鉄工業においては、加工した鋼材の仕入価額の一〇ないし二〇パーセントの作業くず(アルミニウム・鉄)の売却収入が発生するのが一般的であるところ、原告のように、売上先から材料の支給を受ける場合でも、加工賃を取り決める際、作業くずの売却収入が下請先に帰属することを前提として、加工賃が低く決められるのが通常であり、係争各年分において、原告には、相当額の作業くずの売却収入があつたものと考えられる。なお、原告自身、その本人尋問の結果において、右作業くずの売却収入が一か月五、六万円あつた旨を供述している。

(二) 原告は、原告方では、給料賃金(人件費)等の特別経費が、同業者に比較し、大きなウエイトを占めていた旨主張するが、そもそも原告のような製造加工業にあつては、給料賃金は特別経費とはいえないうえ、原告主張の給料賃金支払の事実を認めるに足る的確な証拠はない。

3  推計課税は、納税者の税務調査に対する協力の程度いかんによつて、採用しうる推計方法が左右されるから、推計課税の合理性は、納税者の課税庁に対する申告内容の説明、個別的営業形態等の情報の提供という協力度合と相関的に定まる相対的な概念であるところ、原告は、被告の部下職員の調査に対して非協力的な態度で終始したため、被告において、原告の事業形態を把握することができず、同業者をある程度幅広く抽出することとして、本訴推計を行つたものであり、原告のように、正当な理由もなく調査に非協力的な態度で終始し、被告をして、原告の営業形態等の個別的特性を知り得ない状況に追い込みながら、類似同業者と原告の業態の高度な個別的類似性を要求することは、信義則に反し、許されない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1、2の事実は、当事者間に争いがない。

二  原告は、本件各処分は、推計の必要性を欠くにもかかわらず、推計によつてなされたものであるから違法である旨主張するので、まずこの点につき判断する。

1  証人宮本正司の証言及び原告本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  被告の部下職員である宮本(旧姓藤井)事務官は、原告の係争各年分の所得税に関する調査のため、昭和五八年五月一〇日、東大阪市内の原告方工場に赴き、原告に対し、係争各年分の所得金額の確認に来た旨を伝え、原告の事業内容等を尋ねるとともに、帳簿書類等の提示を求めたが、仕事が忙しいとのことで、はかばかしい返事が得られず、帳簿書類等についても捜してみるとの返答であつたため、調査を翌日に繰り越すこととし、翌一一日、原告方に赴任いたが、この日も、帳簿書類等の提示は待つて欲しいとの答えであつたため、再度、原告に、帳簿書類等を揃えておくよう話すとともに、取引先等に対する調査に入る旨を告げて帰署した。

(二)  その後、前記宮本は、原告の取引先等に対する調査を進める一方、同年六月一一日と同月二七日にも、原告方に赴き、原告に対し、それまでの調査内容について説明するとともに、帳簿書類等の提示を求めたが、原告は忙しいとか、もう少し待つてくれとの答えであり、また、同月三〇日、原告方に赴いて、調査内容を説明のうえ、修正申告を慫慂した際も、原告は忙しいというばかりであつた。その間の同月二九日、原告の方から同年七月二日であれば調査に応ずる旨の連絡があつたため、右宮本が、同日原告方に行つたところ、民主商工会の事務局員が同席しており、宮本が調査の当初、事前通知をせず、原告方を訪れたことや、反面調査を無断でしたことを非難し、改めて右事務局員らの立会を認めたうえで調査をやり直すよう要求するなどし、調査が進められる状況でなかつたため、宮本は被告の方で、更正処分をする旨及び原告に被告方税務署に来て欲しい旨を告げて帰署した。

(三)  原告は、同年七月四日、被告方税務署を訪れたが、その際も、民主商工会の事務局員らが同行していたため、応対に出た前記宮本は、原告に対し、原告一人であれば会つて話を聞くので、必要があれば、後日また連絡するよう伝え、具体的な話をするには至らなかつた。その後、同月五日、被告方署員に、民主商工会の事務局員から、原告の妻の父が死亡し、原告が北海道に行つているので、調査をしばらく待つて欲しい旨の連絡があつたが、原告自身からは、直接なんらの連絡がなかつたため、被告は、同月一一日付で、本件各処分をした。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

2  前記1の認定事実によれば、被告は、二か月近くの間、その部下職員をして、再三にわたり、原告に対して、帳簿書類等原告の事業所得を客観的に明らかにするに足る資料の提示を求めたにもかかわらず、結局、原告からなんらの資料の提供を得られず、原告の係争各年分の所得金額を実額によつて把握することができなかつたうえ、近いうちに右帳簿書類等の資料の提供を得られる確実な見通しもなかつたことが認められるから、右所得金額の算定を推計によつて行う必要性があつたものと認めることができる。

三  そこで、原告の係争各年分の所得金額について検討する。

1  原告方の事業形態

原告がプレス加工業を営むものであることは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一一号証及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、係争各年分当時、東大阪市内に工場を賃借し、プレス機械約八台とフオークリフト等を所有して、プレス加工業を営んでいたものであるが、その事業内容は、特定の発注元から、原材料たるアルミ板等の支給を受け、それを風呂釜の煙突や、バーナーのカバー等に加工し、その製品を納入するというものであり、その加工賃が売上代金となること、原告の売上先は、別表三の取引先欄記載のとおりであつて、原告は、右売上先のうち、株式会社ミヤマエ及び上田産業株式会社を除く五社からは無償で原材料の支給を受けており、右の二社からは原材料を有償で買取つていたものであるが、この場合も、その材料費の支払は、売上代金から差引決済され、原告が受領するのは加工賃のみであつて、実質的な売上は、無償支給の場合と変わらなかつたこと、なお、原告方では、プレス加工の作業に伴い、アルミ等の作業屑が出るが、右作業屑については、売上先のうち、株式会社八馬製作所から支給される分については屑を同社に返却していたものの、それ以外の売上先から支給される分については、原告において、屑を業者に売却していたこと、このような原告の事業形態は、係争各年分を通じ、特に変動がなかつたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  原告の係争各年分の売上金額、売上原価及び差益金額

原告の係争各年分の売上金額が、昭和五五年分は九三〇二万四七五八円、昭和五六年分は一億二八九三万八七一六円、昭和五十七年分は九一四一万四四一六円であり、その明細は別表三記載のとおりであること及び原告の係争各年分の売上原価(株式会社ミヤマエ及び上田産業株式会社からの材料買取分)が、昭和五五年分は七八三三万九〇五一円、昭和五六年分は一億一五四万六七七八円、昭和五七年分は六九二八万一八四二円であり、その明細は別表二の売上原価内欄記載のとおりであること並びに原告の係争各年分の差益金額が、昭和五五年分は一四六八万五七〇七円、昭和五六年分は二七三九万一九三八円、昭和五七年分は二二一三万二五七四円であることは、いずれも当事者間に争いがない。

3  本訴推計の適否

(一)  被告は、本訴において、原告の係争各年分の事業所得金額として、右差益金額に、同業者の平均所得率を乗じた金額を原告の事業所得金額として主張する(本訴推計)ので、以下、本訴推計の適否について判断する。

(1) 証人高田安三の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第第五ないし第一一号証の各一、二によれば、大阪国税局直税部国税訟務官室勤務の高田安三は、推計によって原告の所得金額を算出するのに必要な同業者の選定につき、原告と営業種目、営業地域、営業規模等の類似性を担保するために、原告の係争各年分当時の事業所の所在地を管轄する被告及びそれに隣接する生野・東成・城東・東住吉・八尾・門真の各税務署長に対し、大阪国税局長の一般通達に基づき、青色申告によつて所得税の確定申告をしている者で、係争各年分において、金属プレス加工業を営んでいること、他の業種目を兼業していないこと、材料が売上先から無償で支給されていること、年間を通じて事業を継続して営んでいること、不服申立又は訴訟係属中でないこと、年間の差益金額(雑収入の金額を含む。)が、被告の把握しえた係争各年分の原告の差益金額の、上限は一五〇パーセント、下限は五〇パーセントの範囲内である、昭和五五年分については七三〇万円から二二〇〇万円まで、昭和五六年分については一三七〇万円から四一〇〇万円まで、昭和五七年分については一一〇〇万円から三三〇〇万円までという基準のすべてに該当する同業者の全部につき、その青色申告決算書に基づき、差益金額と所得金額(但し、青色申告に認められている各種控除をする前の所得金額)を記入した同業者調査表の提出を求めたところ、大阪国税局長に対し、被告から二件、八尾税務署長から三件、生野税務署長から一件、計六件のそれぞれ右基準に該当する同業者の調査表が送付されたこと、右各調査表に基づいて本件係争各年分の同業者の平均所得率を算定すると、別表四記載のとおり、昭和五五年分が三二・七八パーセント、昭和五六年分が二九・八七パーセント、昭和五七年分が二七・八八パーセント(いずれも小数点三位以下切捨。)になることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(2) 右認定の事実によれば、原告の所得を推計するための同業者の所得率を算出する目的で、被告が選定した同業者の選定基準は、業種の同一性、事業場所の近接性、業態、事業規模の近似性等の点で、同業者の類似性を判別する要件として合理的なものであり、右同業者の選定にあたつて被告の恣意の介在する余地は認められない。また、右同業者は、いずれも一年間を通じて事業を継続する青色申告者であつて、その申告が確定していることから、右同業者の所得率の算出根拠となる資料は正確性の高いものであり、かつ、選定された同業者数は、係争各年分とも六件であつて、同業者の個別性を平均化するに足りる件数であると考えられる。

(二)  原告は、経費のうちの特別経費ことに人件費は、各業者によりかなりの個別性があり、売上との比例対応関係は弱いのであるから、同業者の選定に当たつては、特別経費について、同業者として類似性を有するか否かが判断されなければならないところ、本訴推計は、それらの類似性をなんら検討することなく同業者を選定しており、別表五記載の原告の昭和五六年分及び昭和五七年分の人件費(給料賃金)、家賃、減価償却費の各特別経費が原告の差益金額中に占める比率を、本件で選定された同業者の差益金額に乗じて各特別経費の額を算出し、これを基礎として同業者の一般経費率を算定すると、別表六及び別表七記載のとおり、一般経費率が極めて低くなるなどの不合理 が出てくるから、このような同業者を基準にした本訴推計は合理性を有しない旨主張する。

(1) しかしながら、前記1認定のように、原告方の事業形態は、実質的には賃加工であるところ、本件の選定にかかる同業者も原材料を無償で支給され、賃加工を主体とする業者であることは右(一)の(1)で認定したとおりであり、このような事業者の場合、必ずしも、人件費と売上金額・差額金額との間に比例対応関係がないといえず、むしろ一般的には右比例対応関係を肯認できる場合が多いと思われるから、人件費に関する要因を同業者の類似性判別の要件として前記(一)の(1)の各基準とは別個に同業者の抽出基準に加えなかつたからといつて、そのことが直ちに本訴推計の合理性を否定する事由となるとはいえないと考えられる。

(2) また、仮に、人件費が、専従者の有無等の点で各業者によつて個別性があり、売上と必ずしも比例対応関係に立たないとしても、差益金額中に占める人件費の比率は、専従者の有無のほか、従業員の平均年齢、経験年数等、各事業者固有の種々の要因によつて左右されるところ、これら営業上の個別的要素の差異は、平均値算出過程においてある程度捨象されうる性質のものであること、これらの事情は、減価償却費や家賃などについても同様であること、なお、右のような専従者の有無等、人件費比率に影響を及ぼしうる個別的要因ないしは減価償却費や家賃等の特別経費に関する諸要因をも抽出基準に加えるとすれば、それら人件費あるいは他の特別経費等の面では、より原告の事業内容に近い同業者を選定しうるものの、他方、それによつて求めうる同業者の数は、より限られたものとなり、事業内容の一部の面においては、原告との個別類似性を満たすとしても、総体的な差益金額中に占める所得率の近似性という観点からみると、かえつて各事業者の所得率に影響を及ぼす個別的要因を捨象し切れず、所得率算定方法としては客観性、普遍性を欠く結果にもなること等をも考えれば、本訴推計の同業者の抽出にあたり、専従者の有無等人件費に関する要因ないしは減価償却費等に関する個別的事情を抽出基準に加えなかつたことをもつて、本訴推計が合理性を有しないとはいえないと考えられる。

(4) なお、原告は、原告の差益金額中に占める人件費等の特別経費の比率が本件の選定にかかる同業者に比べ非常に高いことを、本訴推計が不合理であることを基礎付ける事情とするが、そもそも右主張の前提となる原告主張の各特別経費の比率については、以下のような疑問がある。

〈1〉 前記1認定のように、原告方では、アルミ等の作業屑の売却による雑収入があつたものであるが、原告が右特別経費の比率を算出する前提としての差益金額には、右作業屑の売却収入が含まれていないことからすれば、右収入を抜きにして原告方の差益金額中に占める各特別経費の割合を算出しても、それが客観的に正確な数値とはいえないことは明らかであるし(右作業屑の売却収入の額を客観的に明らかするに足る証拠はないが、原告本人尋問の結果によつても、その額は、一か月五、六万円位であるというのであるから、右作業屑の売却収入が、右特別経費の比率を算定するうえで、無視しうる程のものといえないことは明らかである。)、また前掲乙第五ないし第一一号証の各一によれば、原告同様、多かれ少なかれ作業屑の売却収入があると考えられる本件の同業者の差益金額中には、右収入も雑収入として計上されていることが認められるから、原告についてのみ、右作業屑の売却による収入を除外して、差益金額中に占める特別経費の割合を算出し、それを右雑収入を含む同業者の差益金額に乗じても、経費率の正確な比率となりえないことは明らかである。

なお、本件では原告の係争各年分の売上金額及び差益金額は当事者間に争いがないが、弁論の全趣旨に照らせば、右売上金額は、被告において、被告が推計の基礎とするため確実な数額として把握し得たものを主張したに過ぎないものであつて、それが原告の総売上であるとの趣旨の主張ではないことが明らかであるから、右事実に当事者間で争いがないからといつても、それが右売上金額以外の収入の存在を認定する妨げとなるものではないことはいうまでもない。

〈2〉 さらに、原告主張の特別経費のうち、もつとも大きな割合を占める給料賃金の額につき検討しても、成立に争いのない乙第一三ないし第一五号証、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一ないし第四号証、第六ないし第一〇号証によれば、原告が昭和五六年分及び昭和五七年分に支払つたとする給料賃金のうち、従業員出口通良、同坂本愛子に対する支払分については賃金台帳(甲第一ないし第四号証)というある程度具体的な証拠の裏付けがあるものの、阿部芳見への支払分(昭和五六年分及び昭和五七年分)については、原告が本訴提起後に作成した給料賃金の支払一覧表(甲第六、第七号証、以下これらを「給料一覧表」という。)のほかは同人の給料賃金の受領書(甲第一〇号証)があるのみであり、また野口昭治への支払分(昭和五六年分)及びアルバイトへの支払分(昭和五六年分及び昭和五七年分)については給料一覧表があるのみであるところ、右給料一覧表は、原告がいかなる資料に基づいて作成したのか必ずしも明らかでなく(原告本人尋問の結果中には、右一覧表は、右両年当時、民主商工会で記帳していた賃金の帳簿の控えに基づいて記載したものである旨の供述部分もあるが、右帳簿等が本件で提出されていないことからすれば、右供述はただちに措信しがたい。)、その裏付けとなるべき資料の提出もないこと、また右阿部作成の受領書も、原告が自己の記憶に基づいてその内容を記載し、それに阿部が署名捺印したものであつて、特に客観的資料等に基づくものではないこと、なお右受領書記載の同人の昭和五六年分の給料額三三四万九一九〇円、昭和五七年分の給料額四三六万円は、同人の市民税の申告または賦課に際しての所得金額である昭和五六年分一四三万円、昭和五七年分一四〇万円と大きく相違していること、さらに、これら阿部芳見、野口昭治らにおいては、前記出口通良、坂本愛子らとほぼ同時期に原告方で稼働していたものでありながら、右出口らについてのみ賃金台帳が作成され、右阿部らについては賃金台帳が作成されていないことについて首肯するに足る理由も見当らないないこと等からすれば、右給料賃金の受領書や、給料一覧表の正確性は直ちに信用しがたく、これらをもつて、阿部芳見、野口昭治、アルバイトに関する給料賃金の支給額を認定することは困難であり、ほかに、右阿部、野口及びアルバイトに対する給料賃金の支給額を確定するに足る証拠はない。

なお、出口通良及び坂本愛子については、賃金台帳が存在することは前記のとおりであるが、出口通良の昭和五六年一月ないし三月分の給料賃金については賃金台帳に記載がなく、その分については同人の給料賃金の受領書(甲第八号証)及び給料一覧表によるほかないところ、右受領書の作成の経過は、前記阿部の場合と同様であつて、その記載の正確性を直ちに信用しがたいうえ、右受領書及び給料一覧表並びに賃金台帳記載の右出口の昭和五六年分の給料額三三四万九一九〇円、昭和五七年分の給料額三三二万三二四六円と、同人の市民税の申告または賦課に際しての所得金額である昭和五六年分一四二万円、昭和五七年分一五八万円とを対比すると大きく異なつていること等からすれば、右出口についても、その支払つたとする給料賃金の額を的確に認定できるか否か疑問である。

このようにみてくると、原告の昭和五六年分及び昭和五七年分の人件費(給料賃金)額を正確な数値として把握することはできないというべきである。

〈3〉 以上のように、原告の昭和五六年分及び昭和五七年分の差益金額中に占める人件費等の特別経費の比率を的確に算出することは不可能であるというべきであり、とすれば原告主張のその余の特別経費たる減価償却費及び地代が仮に原告主張のとおりであつたとしても、右各経費のみの比較から、原告方で特別経費の占める割合が比較して著しく高いといえないことは明らかであり(前記のように原告主張の特別金額中では人件費が最も大きい割合を占める。)、結局、差益金額中に占める原告方の特別経費の比率が高いことを根拠に、本訴推計の原告への適用が不合理であるとする原告の主張は、その余の点について検討するまでもなく理由がない。

(三)  したがつて、原告の差益金額に同業者の平均所得率を乗じて原告の事業所得金額を算出する本訴推計は、その推計方法自体においても、その原告への適用という面でも合理性に欠けるところはないというべきである。

4  原告の事業所得金額

そこで、原告の事業所得金額は、前記2の原告の係争各年分の差益金額に、前記8の(一)の(1)の同業者の係争各年分の平均所得率を乗じて算出すべきであり、その金額は、昭和五五年分が四八一万三九七四円、昭和五六年分が八一八万一九七一円、昭和五七年分が六一七万五六一円(いずれも円未満切捨。)となる。

四  よつて、本件各処分(但し、いずれも被告の異議決定により一部取消された部分を除く。)は、原告の右事業所得金額の範囲内でなされたものであつて、いずれも適法であるというべきであり、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本矩夫 裁判官 及川憲夫 裁判官 徳岡由美子)

別表一 各係争年分の課税の経過

〈省略〉

別表二 係争各年分の事業所得金額の算定表

〈省略〉

別表三 取引先別売上金額明細表

〈省略〉

別表四 係争各年分の同業者の所得率表

〈省略〉

別表五 特別経費内訳

〈省略〉

別表六

〈省略〉

別表七

〈省略〉

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